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「オイラでも後悔した人生の出来事」ひろゆき切り抜きニュース

後悔したとところで、意味ある?

 質問をたくさん受けているのですが、多くの人が「後悔」をしていることに気づきます。

「成人式に出ておけばよかった」
「他の会社に就職しておけばよかった」
「大学院に行っておけばよかった」

 など、今からどうすることもできないようなことで悩んでいます。

 人生において、「トレードオフかどうか」が問われることがあります。それは、選択肢の中から1つを選んだとき、他の選択肢を捨てないといけないような場面です。

 二股していて結婚相手を1人に絞ったり、内定先を数社からもらっていて1社を選んだり。人生ではトレードオフの場面が何度か訪れます。

 そういう選択肢の中から選ぶときは、最後は自分で決めているはずです。友達や家族に相談をしても、最後は自分で決めています。

「内定先が5つあるから、この中のどれか1つにOK出しといて。その会社に4月から行くから」などと親に頼んだりするのなら別ですけどね。

 トレードオフの場面で選んだものは、あとから後悔しても何の意味もありません。

 もし、その選択をしなかったら、交通事故にあっていたかもしれませんし、大きな病気になっていたかもしれません。そういうリスクもひっくるめて、今の自分がいるのです。

 だから、「あのときああしていればよかったかな?」などと考える時間は、本当に意味がないことだと思います。

人生で取り戻せないこと

 そうはいっても、僕にも後悔していることがあります。昔、ビール瓶のフタを歯で開けようとしたら、歯が欠けたことがあります。

 歯は、皮膚と違って再生しないので、二度と戻ってきません。

 なぜ、そんなことをしたかというと、友達が目の前でやってのけたからです。それを見て、「他の人ができることは、100%、自分もできる」と信じてしまったのです。

 それ以来、他人ができることでも自分にはできないことがあるんだな、と学びました。

 そして、人生において後悔していることが、「たかが歯である」と思うことで、非常にラクになることができます。

 だって、歯が欠けていても、今では何も気にならないくらいで生活できていますから。

 だから、みなさんも、後悔していることを考えたとしても、「それでも今は何事もなく生きているし、どうにかなっているよな」と、すぐに切り替えたほうがいいんじゃないかと思います。

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