
自分でも勝てる場所はどこだ?
僕はいま、「4chan」という英語圏のサイトを運営している。
2ちゃんねると同じく、誰でも簡単に書き込めて、アカウントがないのが特徴だ。
アカウント制だとフェイスブックが世界一で、ユーザーアカウントを取って1人ずつサービスを増やしていく手法をとる。
そういうサービスを作りたい会社は世界中にたくさんある。
一方で、みんなが匿名でダラダラ書き込むようなサービスは、トラブルが起こりやすいし、やってもしょうがないと思われている
その場所なら、競争が少なくて、「自分でも勝てる」と踏んだ
日本の人口が減るということは、日本語を使う人も減るということだが、英語圏に広げると違う。
長期的に見ても、英語を使う人がいなくなることは考えにくいので、英語圏の匿名掲示板は、ダラダラと続けていける。
ある程度、規模が大きくなってしまえば、何もしなくても回っていくので、努力は不要だ。
僕は、そういう仕事の選び方をしてきた。
頑張って手に入れるという選択肢を選んだ瞬間に、それは絶対に他の人に抜かれる。
自分にあったものを探すって本当に重要です、この業界では無能でも、ちがう業界に行けば普通に仕事ができること
って本当にありますからね、これは実際に目にした体験談。
あなたも「今の場所」に向いていないだけではないですか?
バブルで大儲けした人たち
仮想通貨バブルの前に仮想通貨を買っていた人は、ハッキリ言ってしまえば、何も頑張っていない。
なんとなく買っていたものが、たまたま高く売れただけで、なんの努力もない。
何かを成し遂げるとき、「どう頑張ったか」が100%必要であると認識されがちなのだが、たまたま日本人で生まれたら、ソマリアで生まれるよりラクであるというレベルの話で、努力で変わる部分は、実はものすごく少ない。
頑張りによってすべてを変えられる「努力が報われる社会」であれば、もっと優秀な人が出てきて日本はいい状態に変わっていたはずだ。
しかし、そうなっていない。
それなのに、なぜ努力神話があるのだろうか。
それは、ごく一部だけ、「努力できる」という才能を持った人がいるからだ。
その才能があれば、あらゆる競争に立ち向かうことができ、突破し、次第に勝つことに慣れていく。
受験競争を勝ち抜いて東大に入ったり、弁護士や公認会計士などの難関資格を取ることができたり、一部上場企業などに入ることができる。
それもこれも、努力できる才能があるからだ。
そして、僕にはその才能がない。
これは誰にも責められませんよね、頑張れないって言う人…
そこでなぜ頑張れないんだって自分を追い込むとうつになったりしちゃいます。難しいですね。
人生にはハンデがある
努力できる才能がなければ、いくら頑張っても、正攻法では彼らに勝てない。
何かを成し遂げるために頑張らなければいけない場所を選んだ時点で、ちょっと頑張っただけでうまくいってしまう人に本気を出されたら、すぐに先を越される。
正面突破の方法だと、ハンデのついた100メートル走をやらされているようなもので、絶対に勝つことができない。
だから、自分にとって頑張らなくても結果が出る場所に行ったほうが、絶対にうまくいく。逆説的な話だが、それが真理だ。
「競争のいらないところに張ろう」
たとえば、金持ちと結婚したらラクな生活ができると思う人がいる。
婚活パーティーで頑張ってしまうようなタイプだ。
金持ちと結婚してラクをするのが目的だったのが、いつの間にか自分磨きを一生懸命にする「間違った努力」に変わってしまうのだ。
たしかに、一部の人だけは確率的にうまくいく。しかし、大多数が結婚できないことに変わりはない。
努力はムダになり、結局、何も残らない。
そういうことが、この世にはゴマンとある。
後追いは儲からない
先ほどの仮想通貨の例でいうと、みんなが怪しんでいるときに張っていた人が勝ち抜けて、儲かっている人をマネして後追いした人は儲からなかった。
これは、他のビジネスでも似ている部分がある。
儲かるとわかった時点では遅い。
逆に、儲かってなさそうだけど、誰もやっていないところにこそ、チャンスが転がっていたりする。
そこに賭けてみるのがいい。
一か八か全財産を賭けるのは勧めないが、失敗しても痛くない程度に張っておくのはいいだろう。

はい、このブログのように「切り抜きの後追い」は儲かりません。
何か自分の財産となるものを作って行かなくてはなりませんよね。
痛いとこついて来るんだよなー
誰もやっていないことがわかること自体、「才能がある」ってことだし、その時代だから成功したって場合もあるし。
人生なかなか難しい。